こねずみちゃんものがたり

「ロボロフスキーちゃん物語」 蒼司作

■ 第31話 ■

←前のページへ  ご案内へ戻る 次のページへ→ 


俺は、自分でも信じられないくらいの上機嫌でライドチェイサーを走らせた。
何故って、ちょこんと乗っているエックスも一緒なんだ。
何回、街に遊びに行こうと誘っても、首を縦に振らなかったエックスだったが、やっとでOKが出た。
さんざん考え込んだ挙句、俺の顔を、それはもう真剣に見つめていたエックスは
[ゼロ。俺、街に行ってみたい。連れて行って]
と、これまた真面目な顔で言ったんだ。
エックスには悪いけど、あんまり真剣な顔が可愛かったもんで、つい笑い出しそうになったくらいだ。
事情を聞くとエックスの心配も解ったが、おおっぴらに手配されてる訳でもなし、保護名目で捕まえようとする奴があったとしても、傍にハンターの俺がついていれば実力行使はできないだろう。
あいまいなハンター本部の反応も、今となっては頷ける。
そもそも、並のハンターでは力ずくでもエックスを捕まえることができなかったんだ。
安心しろよ、と俺はエックスに軽くキスをした。

ライドチェイサーの爽快なエンジン音も、心地が良い。
この荒野から街に帰る時の風景は毎度眺めているが、こんなに早く帰り着きたいと思った事はないだろうな。
もちろん、勤務中みたいな速ければ良いっていう運転じゃない。俺にしてみれば、かなりの安全運転だ。
エックスも初めのうちは緊張していたみたいだが、しばらく乗っているうちに、キョロキョロ辺りの景色を眺めるようになり、にこにこ楽しんでいる。
途中、エックスのバイト先に寄ってくれと頼まれていたので、例の研究施設を廻った。遠回りにはなるが、たいした距離でもない。
エックスは、例の教授としばらく話し込んでいたが、すぐに戻ってきた。
「もう、いいのか?」
[うん。ありがとう]
「じゃあ、出発するぜ」
[うん]
「そういえば、エックス。お前、どっか行ってみたい所なんかあるか?」
[俺、街のことよく知らないから、わからない]
「そっか。えぇと、サウスタウンモールに行ってみようかと思ってるんだ。」
[さうす・・・?]
「本当の名前は別にあるんだけどな。店屋が沢山あって、賑やかな所だ。最近、改築かなんかで新しくなったんだ」
[楽しいところ?]
「うーん。あれだけ皆が行きたがるんだからな。楽しいんだと思う」
実は、俺もオフで行ったことはまだない。
「エックスが嫌なら、どっか、もっと静かな場所でもいいぜ」
エックスの表情が、ぱあっと明るくなった。
[ううん、俺もそこに行ってみたい!]
まだ、街に出るのが少し不安そうだと思っていたが、よし!なかなかいい感じだぞ!
そうして俺はウイリーでもしたい気分だったが、当然実際にはせず、エックスを乗せてやっぱり安全運転で荒野をつき進むのだった。

サウスタウンモールはかなりの人出だった。
駐輪場にライドチェイサーを預け、わくわくと弾んだ様子のエックスと俺は街に出た。
あれほど何回もエックスを誘っておいてナンだが、俺自身、特に行きたい場所があった訳じゃない。だから歩くコースなんかも全然考えてなかったから、自分の無策を少し後悔した。
が、そもそも街に出たことが無いというのは本当らしかった。エックスには、店に並ぶ商品がどうとか、見所スポットがどうとか、そういう以前の問題だった。建物の形だの、看板の色だの絵だの、はては街灯のデザインだの、とにかく手当たり次第に見ては感動しているようだった。
エックスは、辺りの物を指差してはキラキラと眼を輝かせて俺の腕を引っ張った。
ゼロも見て!と言うエックスの仕草を見ているのは、いちいち楽しい。
ま、でも中には、こんなモノにまで感動してやらなくていい!ってのもあったが。
でも、
そう、俺がエックスを街に連れて来たかったのは、こんな笑顔が見たかったからなのかもしれない。
会うと、エックスはいつも俺にニッコリ笑ってくれた。
それでも、俺にはエックスが、やっぱり・・・淋しそうに見えた。
俺は一人で淋しいと思った事は、ほとんどない。
だが、エックスと出会ってからは、その辺で楽しそうに笑いあっているカップルなんかを見るたび、なんだか羨ましいと感じた。
これって、単に俺の自己満足なのかもしれない。
けどやっぱり、あの荒野で遠くを見ながら物思いにふけるより、エックスにはこうして楽しそうに笑っていて欲しい。
そんな調子で、極めて安上がりにウィンドウショッピングというか、むしろウィンドウの方を見て盛り上がっているうちに、瞬く間に時間は過ぎてしまった。建物内にいると時間が解りにくいが、気づくともう夕方だった。
そうだ!
「エックス。お前に見せたい所があるんだ」
[俺に見せたい?]
「そうだ。ちょっとバイクで移動するが、いいか?」
[うん]
俺は再びライドチェイサーにエックスを乗せ、ルート36に向かった。そこが何かと言うと、・・・まあ、デートスポットって奴だ。
道路沿いにちょっとした公園があるのだが、高台で街の夜景が良く見える。
到着してみると、まだ時間は早く、それほど人はいなかった。
前来た時は仕事中だったが、溢れんばかりの恋人同士の人だかりで、果たしてあれでロマンチックムードってのに本当になれるのか!?と訝しんだものだった。しかし、夜景は掛け値なく綺麗な所だ。
やがて、少し夕焼けが残りつつも夜の闇が広がり始め、街の明かりも映えだした。
バイクから降り、エックスの手を引いて、公園の端の展望台に連れて行った。
「ここ、眺めが良いんだ。エックスも気に入ると思ってさ」
エックスは、その場に立つと、目を見開いて大きく息を吸い込んだ。
幾度も瞬きしながら、その場に動かない。この風景に心奪われていたようだ。

しばらくして、エックスは、大きな瞳からぽたりと涙を零した。
「えっ、おい、なんで泣くんだよ、エックス!?」
俺は慌てた。
「な、なんか嫌なのか!?」
[ううん。あんまり綺麗で。]
「なんだ、感動したのか?びっくりしたぜ。」
[すごく綺麗。あの光の下に、たくさんたくさん人が住んでるんだね。]
そう言って俺を見たエックスの瞳に、やけにドキリとした。
やっぱり、エックス。荒野に一人で居たのは淋しかったんだな。
「エックス、今、俺達もあれと同じ場所に居るんだぜ。」
エックスは、「?」と不思議そうな顔をした。
「だからさ、遠くからあの光を眺めてるんじゃなくて、ここの場所もあの夜景の一部なんだ。一人ぼっちな訳じゃないんだぜ」
エックスは文章ボードも忘れて、なにか言おうと唇を動かした。
ゼロ、と言いたかったみたいだ。
俺は、エックスを抱きしめ、キスをした。


続く

←前のページへ 次のページへ→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送