こねずみちゃんものがたり

「ロボロフスキーちゃん物語」

■ 第26話〜第28話 ■

←前のページへ  ご案内へ戻る  次のページへ→


第26話

一度抱きしめた腕に力を込め、そして放すと、エックスも悟って体勢を整えた。
俺はバイクを発進させた。
いつもはエックスの部屋がある建物から離れたところにバイクを置いて歩いて行くが、今日は直接横付けした。いくら停めても誰の邪魔にもならないしな。
例の崩れ階段を上ってエックスの部屋までたどり着いた。
顔を赤くしているエックスを抱き上げて、そのままベッドへ。
帰り道、すっかり気分もとろけていた様子だったエックスは、少々荒っぽく扱われてもおとなしく受け入れていた。うっとりと目を閉じて、俺の様子を探るでもない。その赤い頬に口付けたときだけ、くすぐったそうな表情の瞳が見えた。
俺の手を握る小さな力がしだいに強くなる。
俺の体に覆われているエックスの背中はまるく、膝をついた様は何か草食獣を思わせる。
言葉のない声が幾度か漏れて、エックスは身体を震わせた。
すがるような、潤んだ瞳を俺に向けてきた。そんな瞳で見つめられると、堪んないな。
抱きしめると含んだ笑い声とともに可愛い抵抗が返ってきた。体の重みをかけて押さえ込むと、その声が大きくなった。
俺の名前を呼んだのかもしれない。
ちいさな指がシーツを握り締め、幾つもの白い襞がエックスを装飾する。ちょっとケーキの生クリームを思い出した。
エックスがその感覚に酔うように、また強く目を閉じた。

俺が仰向けになっていると、エックスが甘えるように俺に腕を回してきた。すがりつくような、俺の胸に乗っかっているような姿勢だが、そのまま離れない。俺はもう一度エックスが欲しかったが、こういうとき懐かれるのは、くすぐったいみたいで、とても気持ち良い。しばらく互いに黙っていたが、何気なくエックスと目が合ったとき、俺は切り出した。
「あのさ、」
せっかくの良い雰囲気だが、気になることがありすぎた。
でも、シグマ隊長とのことをいきなり訊くのはさすがに・・・・・。
「えっと、あの研究棟で働いてるのか?エックスって調整期間中だったのか?」
そうだとすると、俺、文字通り「世間知らず」の子に手を出しちまった事になるか・・・ちょっとマズい。
「調整期間」ってのは、汎用型レプリロイドがなにがしかの職業に就くための準備期間だ。その間に特定の施設で必要な情報や技能を身につける。これとは違って、目的別に造られたレプリロイドには、最初から必要な情報は入力されているのでその期間がずっと短い。実際には、直接赴いた仕事先で訓練期間も過ごしている、というのが普通らしい。
エックスはボードを手に取り、改めて俺の肩に頭をのせて横になりながら、会話に応え始めた。俺の目線からでも表示が見える角度をとっている。エックスの言葉が、次々にそこにあらわれた。
[俺、ケイン博士の所で勉強中だったの。なのに、飛び出してしまって]
・・・シグマ隊長のせいなのか?
[ケイン博士は有名人だって聞いたから、教授にはケイン博士のことは言わないで説明したんだ。そしたらあそこに置いてくれて、お仕事のお手伝いもさせてくれて、それからお金やエナジー缶もくれるようになったの。俺、ちゃんと勉強していないから、あんまりお役に立ってないけど・・・]
ああ、さっきの研究者氏が「教授」か。
「あの人、お前が市街地区から通ってると思ってるぜ?」
[うん。この部屋からなんだけど。]
「一人暮らしだからそう言うの、用心してるとか?」
[お金、払ってないの。]
「は?」
[ここ、誰のお家か知らないんだ。もう何年も誰も使ってないみたいだったから、勝手に使わせてもらってるの。]
「ええええぇ〜ッ!!??」
エックスは恥ずかしそうに俺の胸に顔を押し付けた。
いや。あの。可愛い顔して大胆な・・・無賃宿泊?ちょっと違うか。不法侵入??
この遺跡地区も、保護が行き届いている地域とそうでない地域がある。
たいして遺跡が無い地区には、開発したはいいが放置された施設もあったりする。
まあ、この部屋も・・・そんな一つだろう。
「そうだな・・・下手すると管理会社が潰れてる場合もあるし・・・請求されたら払えばいいんじゃないかな」
実に、つまらない返事が俺の口から出た。


第27話

「エックスって、ハンター本部に居たんだって?俺、あそこに何年も勤務してるけど、一度も会ったこと、ないぜ?」
何年どころか!俺、生まれてこのかた、ハンター本部勤めだぜ。しかも、三交代で四六時中だ。
休みはあるけど、長期休暇はとったことない。
[うん。俺は勉強中だったから、あんまり他の階に行ったことないよ。]
まあ、そう言われれば俺だって、用の無い区画には行かないけど。
「でも、どっかで一度くらい会うと思うけどな・・・」
エックスは見た目地味だけど、ちょっと可愛いタイプ。会ってたら忘れないと思うけど、ケイン博士が直接担当してたとすると、あまり接点もないか・・・。それにしても。いやそれより。
「お前さ、その、なんだ、シグマ隊長と・・・仲良く、・・・してたのか?」
[うん。シグマとは、とっても仲良しだったよ。]
くはっ。
そんなにあっさり、にこにこしながら言わないでくれッ。
うーむ・・・これは・・・シグマ隊長が思ってた以上に、エックスはその気だったかのかも知れないぞ。
だって、酷い目に遭わされてたら、こんな風に言えるかよ!?
いかん。薮蛇注意報が発動だ。
話題を変えよう。
じゃあ、ケイン博士と気まずくなったのか・・・
「ケイン博士はお前と仲直りしたいみたいだぜ?」
エックスはとたんに、顔を曇らせた。
そして、俺の胸に頭を乗せて考え込んだ。
[ケイン博士には、とってもとってもお世話になったんだ。だから何度も帰ろうかと思ったよ]
「でも、嫌なんだな?」
エックスはぎゅっと俺にしがみついた。
[俺が帰るのが、みんなのためになるのは解ってる。全部もとどおり。でも、怖くて怖くて・・・決心がつきませんって、博士に伝えて。]
「怖い?」
・・・あそこに帰ると怖い目に遭うってことなのか!?
でも、恐怖の対象はシグマ隊長じゃ・・・ないのか?ケイン博士?
「エックス、ケイン博士が怖いのか?」
[ううん、博士は優しいよ。だから余計にどうしたらいいのか解らなくなったんだ。]
そして、エックスはぽろぽろと涙を落とした。
「エックス・・・」
俺は誰かと共同生活を送ったことがない。
エックスの悩みは、人間風に言うと、「家族の問題」ってやつなのかな。
それにしては、この怯えようは不穏当じゃないか?
ぐすぐすと泣き止まないエックスを追求するにできず、俺はエックスの背中や頭を撫でながら、天井を見上げていた。
[ゼロって優しいね。どうして、こんなに優しくできるの?]
相変わらず涙がこぼれるまま、エックスは俺を見た。
「俺は普通だと思うけどな・・・」
[俺、泣いたときはよくこうやって、博士になでてもらった。]
「そっか」
ケイン博士に優しくされてたってのは、本当なんだな。
でも、そんなにエックスが泣かなくちゃならない事って何だ?
「・・・エックス。お前、その、乱暴・・・な事されてたのか?」
[ううん。博士は痛いことも辛いこともしたことないよ。]
「シグマ隊長には?」
エックスが、びくっと体を震わせた。
[・・・一度だけ。・・・でも、もう二度としないって約束してくれた。それに]
「一度でたくさんだ!馬鹿ッ!そんな・・・」
一瞬見開いた目はすぐに穏やかさを取り戻したが、濡れた瞳がきらきらと光ったのが鮮やかだった。
[うん。俺、頭悪いから。]
「うんって・・・」
[ゼロに会うまで、俺はシグマの気持ち全然解ってなかったんだ。]
「・・・・・」
[本当のこと言うと、ゼロと・・・いちばん最初に砂漠で一晩過ごしたでしょ?・・・あの時まで]


第28話

「え?」
砂漠で・・・
[俺、あんまり痛くてこのまま死んじゃうんだと思ってた]
どわーーーッ!!
そうだった。
俺は、まだ右も左も判らないエックスに手を出したんだった。
「いや、その、俺、お前の事・・・もう一人前なのかと思ってたから・・・」
そういや、エックス、泣いてたもんな。
[でもね。ゼロに気持ちよくしてもらって、やっとシグマの気持ちが解ったの]
・・・俺は複雑だぜ。
[いつも優しいシグマに、突然いじめられたんだと思った。信じられなかった。悪い夢だと思った]
「夢じゃ、なかったんだなあ」
エックスは頷いた。
俺は小さく溜息をついた。
でも?
じゃあエックスは何で帰りたくないんだ?
「いいさ、帰らなくて。そうすりゃエックスは怖い目に遭わないんだろ?」
エックスはおずおずと俺を見上げた。
濡れた緑の瞳と視線が合う。
その光はふるふると、まだ揺れている。
[でも、]
ボードの字が続く。
[俺が帰ったほうが、ゼロだって、嬉しいでしょう?]
「嬉しい?俺が?」
・・・エックスと、もっと会えるようになるなら嬉しいけどな。
そう上手くいくかなァ?
だって、保護者と恋敵・・・エックスは家族みたいな相手と思っているにしろ、前科アリだぜ・・・の元にエックスを帰したりしたら。なんだよ、ますます会い難くなるじゃないか!?
「やめやめ!やっぱ、俺の部屋に行こうぜ。そこから、俺と本部に通えばいいじゃん」
[・・・ゼロ。ありがとう]
エックスは礼を言ったが、どうもその気はあまりなさそうだ。残念ながら。
俺は物思いのエックスにキスをした。
機嫌を直して・・・できたら、もういちど、お相手して欲しい。
いや、もっとでも。
くちびるに、頬に、顎のラインに、首すじに。胸に口付けると、エックスの手が俺の頭を優しく抱いた。
でも、やっぱりそういう気分じゃないみたいだ。
仕方ない。
俺はぼんやりしているエックスを、気分転換のつもりで表に誘った。
「ちょっと、外の空気でも吸うとか、な」
手を引くと、エックスはおとなしく立ち上がった。
崩れ階段を上って高みへ出ると、今日も市街地区の夜景がくっきりと輝いて見えた。
しばらく黙ってそれを眺めていたが、やがてなんとはなしに抱き合い、キスをした。
エックスも、さっきよりは気分が良くなったようだ。もう少し、言ってみてもいいかな。
「今日の帰りに休憩して、眺めた所。あそこまでまた行ってみるか?」
エックスは、ぱっと嬉しそうな顔をした。
バイク、気に入ったみたいだな。
ここの夜は照明もない真っ暗闇だが、障害物の位置はもう頭に入ってたし、イレギュラーハンターで夜目が利かない奴なんていやしない。エックスをバイクに乗せ、観光用の超トロトロ運転で発進した。


続く

←前のページへ  次のページへ→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送