こねずみちゃんものがたり

「ロボロフスキーちゃん物語」

■ 第1話〜第7話 ■

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第1話

俺が、あいつに初めて会ったのは任務中だった。
と言っても戦闘中な訳はない。ハンター基地への帰還途中だった。その地域は、だだっ広い荒れ地に所々廃墟が佇む見るからに荒涼とした要注意区だった。
こんな所が何時までも再開発計画も立たず、ほおって置かれているのには訳がある。ズバリその廃墟こそが宝の山なのだ。別に金銀財宝が眠っている訳ではなく、過去の研究施設跡から貴重なデータが発掘されるのだ。不法に盗掘を狙う輩もやって来る。個人でどうにかできるレベルの遺跡には、とっくにスッカラカンになるまで調査の手が入っているのに。ご苦労なこった。
とは言え、盗掘野郎が研究員に危害でも加えない様、定期的に巡回しろと要請があるのだ。俺達の出番だ。だからと言って戦闘になるまで緊迫した事は今まではなかった。
しかし、状況がある頃から変わった。ハンターの仲間が数人、何者かに重傷を負わされたのだ。
被害にあったのはかなり腕の立つ奴らだったが、皆病院送りでまだ誰も復帰していない。肝心の犯人についても、ほとんど情報が得られていない。
この辺りハンターベースの対応は妙に甘い。一つには、研究員やその関係者など一般人には全く被害がない事と、もう一つには、犯人はとどめを刺せた筈なのに、見逃しているらしい事が理由だと、大方の意見だ。
いつ何時、奴さんの気が変わるかもしれないっていうのに。ノンキな事だ。
そんな漠然とした緊張感のなか、バイクを走らせながら、ふと前方の廃墟の柱だかなんだかの陰に、誰かの気配を感じた。 バイクを停め、用心しながらその方角へ歩きで近づいていった。奴かもしれないと、とっさに思ったが、それならそれで話が速い。こちらの位置を知らせる事になるかと一瞬迷ったが、俺から声をかけた。
「おい。誰か居るのか!?」
返事はない・・・と、数秒間をおいて物陰から青い人影が、そっと窺う様に覗いた。正直、身構えていた俺はカクンと拍子抜けした。だって、そいつは随分小柄なM型だったんだ。深い青色とスカイブルーを色調にしたカラーリング。コントラストの真赤のクリスタルが映える、シンプルなデザインだ。
一見した所、戦闘型かは解らないが武装はしてないらしい。しかも、向かって来るでも無く逃げるでも無く、そのまま不安そうに俺を見つめ続けてる。
「よお!こんな所で何してるんだい?」
やっぱり返事はない。構わず続けた。
「俺、怪しいモンじゃないぜ。こう見えてもイレギュラーハンターなんだ。」
それを聞くと俺を見つめていたその子は、急に表情を曇らせた。


第2話

「まいったな・・・」
逆効果だったかな。
俺たちイレギュラーハンターの世間の評価はまちまちだ。治安を守っているのだから肯定的な返事は返ってくるが、そのうちの何割かには、よく思われていないのも事実だ。中にはハッキリ否定する奴もいる。
俺としては、別に気にならない。ハンター内の改善すべき所は改善すればいい。ただ、イレギュラーへの取締りの手を緩めるわけにはいかない。
何度か緩和案も出たが、結局イレギュラーを静止するには、実力行使で破壊するしかない。それ以外で何か効果的な方法があれば、とっくに採用されている。
なるたけ怖がらせない様に言ったつもりだったが、その子からは何も返ってこない。
ちくしょー、それもこれも、ハンター内部にいる「オマエの方がヤバいだろ」ってな紙一重な奴らのせいだ。イメージ悪いったらありゃしない。戦闘能力の高い面子を確保しておきたいにしても、どうにかならないモンかね。
俺は気をとりなおしてもう一度尋ねた。
「こんな所でどうした?何か困っているのか?」
再度の呼びかけに、やっと返事がかえってきた。といっても、無言でその子がぷるぷるぷると頭を振るしぐさをしただけだったが。
俺は思わず吹き出しそうになった。そのさまがあんまり真剣で可愛かったからだ。
笑いをこらえつつ質問を続けた。
「どっから来たんだ?」
その子は、あっちという風に指差した。・・・その先は広大な遺跡地区だ。まさか盗掘に来たのなら、こんなにのんびりしていないだろう。その子のボディサイズは通常の遺跡研究員たちよりも更に小さい。小回りは利くだろうが、どう見ても単独で遺跡を掘り進むようなパワーは無さそうだ。それに、連れの者がいるような気配もない。
「なんなら、送って行くぜ?」
すると、やっぱり返事はぷるぷるぷる。
「俺はゼロ。名前は?なんて言うんだい?」
そこでその子は、初めて口を開いて何かを言いそうになった。
・・・が、その言葉はついに発せられないまま、何事か考え込んでしまった様だった。
やがて、思い切ったようにその子は踵を返し、さっき自分が指差した方角に走って行ってしまった。

走りざま、別れを告げるかの様に、こちらに視線を投げ掛けていった、その瞳はとても綺麗な色だった。
そろそろ翳り始めた黄色い日の光に輝いたそれは、緑玉石のように見えたが、やわらかい植物サイバロイドの葉も連想させた。


第3話

やれやれ、まあ、初対面の奴にペラペラ喋るのは警戒するか。
イレギュラーハンターだってのも照会できなきゃ信じてもらえないかもしれない。
一瞬、証明用IDカードを提示してから話すべきだったと思ったが、職務質問みたいで余計に怖がらせたかもしれないと考え直した。
それにしても、イレギュラーどもに恐れられるならともかく、あんな子に怖がられてちゃー何とも情けない。
あの子を追いかけようと思えばできたが、追いかけて捕まえてみた所でどうするんだ。
俺は・・・そこでふと気づいた。
俺は、あの子と普通に話がしてみたい。
あの瞳にもっと近くで見つめて欲しい。
そして・・・あの怖ず怖ずとしたくちびるに・・・。
「なッ!?何馬鹿な事をッ!!」
思わず誰もいないのに声に出していた。
「・・・疲れてんのか俺。」
初めて会った、しかもM型相手に何て事考えてるんだ・・・確かに、小柄でF型とあんまり変わらない感じだったけど。顔だって、少年型らしいあどけなさを残した作りだったが、決して美形とか女顔とかじゃなかった。
あのまま追いかけて行かなくて良かった。引き止めて、みっともない事を言って軽蔑されていたかもしれない。
遺跡の研究員なら、この辺りの調査は数日程度の短期間で終わる事はまず無い。また此処で会うことができるだろう。
もし盗掘犯・・・間抜けなイレギュラーハンターが捕まえ損ねた仔鼠ちゃんは、もう二度と還ってきませんでしたとさ・・・めでたしめでたし、で終了だ。
まったく根拠はなかったが、また逢えると思った。
バイクに跨り、エンジンを再始動させアクセルを握った。


青いあの子と出会った後、何日かは任務の為、あの地区に行くことができなかった。

任務の間は、俺は全くあの子のことを忘れていた。だが、その作戦が終了すると、たちまちあの子のことが気になった。ひらいてしまった数日間が、急になんだか取り返しのつかない事のように感じられた。
その日の勤務明け、俺は慌ててバイクを飛ばした。今更急いでも仕様が無い。だいたい、今日これから逢う約束をしていた訳でも無い。
気持ちばかりが焦った。
前回あの子と会った辺りに着いても、ひょっとして場所を間違えたんじゃないかと、周囲をきょろきょろ見回してしまった。衛星座標で確認しているんだから間違えるはずはないっていうのに。
遺跡の間にバイクを停め、エンジンを切った。途端に辺りに静寂が訪れた。
遠くから、荒野を渡ってきた風の音がした。そういえば、風の音ってこんなだった。
都市地区にいる時も、任務で危険地区にいる時も、風なんか気にして無かった。
そんな事を考えていると、左背後からなにかの気配を感じた。
咄嗟に振り向くと・・・・・・あの子が立っていた。


第4話

あの子の姿を認めたその瞬間、逢えて嬉しい!という気持ちと、同時に何かひっかかるものを覚えた。・・・だが、そんなことどうでもいい。
「よ、よう!また会ったな!!」
俺の口から出た言葉はしごくありきたりなものだった。バカか・・・俺、そういや逢ったら何て言おうか考えて無かった・・・ホントは『逢いに』来たくせに。
あの子はそれでも俺の言葉を聞くと、ニコッと笑った。
えッ、今、笑ったぞ!?
初めて見せてくれた、それはとても人懐こい笑顔だった。・・・ひょっとして、勝算あるかも!?と、はやる気持ちを抑えつつ、俺は次の言葉を探した。
・・・なかなか出てこない。
「あー、この辺で会うってことは、やっぱ、調査かなんか?何を探してんだ?」
言いながら、盗掘ですって答えられたらどうする気だよ、と考えた。
あの子は困った顔をした。
「い、いや。無理に答えなくていいんだぜ。」
しまった。せっかく笑ってくれたのに。だいたい専門を言われたって多分解らない。研究員の分野は多岐にわたっていて突拍子もない。
「その・・・もし時間よかったら、ちょっと・・・話してもいいかな?」
あの子は、ちょっとびっくりした顔をしたが、すぐにこくんと頷いた。やったぜ!!
とはいえ、こんな何もない場所だ。手近の低い元建造物の塊に二人で腰掛けた。
そして・・・何か話さないとな。
「あのさ、」
そう言って俺の横に座っているあの子を見ると、思いのほか間近で、緑の瞳がじっとこちらを見つめていた。
「・・・良いアイカラーだな。とっても綺麗だ。」
と言うと、あの子はその大きな目をパチパチさせた後、頬を赤くした。褒めたことは伝わったかな。
そうだ何とか逢う約束をしなきゃ。
「此処には結構来てるのか?」
こくんと頷く。
「俺、お前ともっと仲良くなりたいんだ。・・・友達になってほしい。」
下心ありありでどの口が言うか。
でも気持ちは嘘じゃない。
あの子は、今度は驚いたらしく、その大きな目をもっと大きくした。
そして・・・
こくんと頷いた。よし!!
「次会う時、どうしたらいい?・・・連絡先を教えてくれないか?」
途端にあの子の表情が曇った。あちゃー!!
「え、えっと、じゃあこの辺に来たら、また会えるのか?」
今度は・・・こくんと頷いてくれた。良かったー。
しかし安心したのもつかの間、あの子は急に立ち上がった。そして、何か言いたげに俺を見つめていたかと思うと、初めて会った時と同じく軽やかに走り去ってしまった。
後には間抜けな俺がぽつんと取り残された。


第5話

またしても、俺はなすすべもなく帰路についた。
弱った・・・自慢じゃないが、今まで何人かの娘と付き合った事はあるけど、あの子の警戒っぷりは半端じゃない。そりゃ、すぐに仲良くなったコばかりじゃないけど。
・・・そうだ名前。まだ名前も教えてもらってない。
今まで、仲良くなったコ達とはこんなに話をするのに苦労した事無かった。いや、向こうから色々話してきて、俺は単に聞き役だった。
・・・そこで俺は突然気がついた!!!
俺・・・誰かを口説き落とした事・・・無いんじゃないか・・・?
そうだなんとなく気が合ってとか、むこうの方から声をかけてきたとか・・・。
・・・何て事だーッ!初陣でいきなり難攻不落っぽいあの子の堀を埋めなきゃならないのかッ!?
うーん。ここは一つ、援軍を頼むとするか・・・。
とはいえ、俺の周りって強力そうな奴がいないんだよな。女の話をしてる奴はいるけど振られた話ばっかとか。大口たたいて色男ぶってる奴は口が軽くて、次の日にはハンター本部中に知れ渡るだろう。おお、やだやだ。反対に口が堅い奴は頭も固くて、女の話題になった事が無い。
こうなると、女にモテて(おそらく自称だろうけど)少なくとも他の奴より撃墜率が高そうで、尚且つ話をふれてまわらない奴・・・。
一人いた。・・・しかしアイツに話すのもどうかなぁ・・・。
しかし、翌日俺はそいつを訪ねた。西区拘置所だ。

「なんやの!なんで俺がアンタの恋のお悩み相談なんかのらなアカンねやッ」
そいつはしごくもっともな事を言った。・・・が、引き下がるわけにもいかない。
「なんだ・・・やっぱり『ダイナモ無敵伝説』はホラか。『俺に落とせへん女はいてない』とかうそぶきやがって。」
「ホラちゃうわッ!そないな義理アンタに無いて言うてんのや!」
これも本当の事だ。何しろコイツを捕まえたのは俺だからだ。恨みならあるかも知れない。
「義理を作ってやろうと思って差し入れ持ってきたけど、要らないなら俺が食うぜ」
「待ちィ〜〜〜なッ!」
こいつ、甘いモン好きで『ぴよこ饅頭』に目が無いんだよな。
なんで拘置者の好みなんか知ってるかというと、こいつ初犯じゃないんだ。ついでに俺に捕まったのも初めてじゃない。窃盗だの不法侵入だの、セコい事して出たり入ったりしてる。でも狙う場所はそのたびに違うな。
「ふ〜ん。無口でガードの固い娘と仲良うなりたいなぁ?アンタよりによって挑戦者やな。他にも付き合い易そうなコ、いてるんとちゃうのん?」
うるせー。
「ま〜惚れてもうたら仕方ないわな〜。」
そこでこいつはキシシと笑った。


第6話

その日の任務は、いつも通りの、どうって事の無い仕事だった。
だが、作戦が終わってみると何故だか無性にあの子に会いたくなった。
ハンター基地に帰る道すがら、このままあの廃墟に向かってしまいたいと思った。しかし、まだ報告書作成が待っている。ちょっとそこまでと、寄り道できる距離ではなかった。第一、方向が全然違っている。
なんとなく、ダイナモの言葉を反芻してみた。
『えぇか?無口な娘ォにはこっちから話しかけて会話を弾まさな。ネタ振りせなアカン。何が好きとか聞きだすんや。』
そりゃ解ってる。しかし、実際そうできるかっていうとまた別問題なんだよな。
基地に帰還するや、俺はダダダダッと報告書をあげて、
「あと、頼む。」
そのへんの奴に押し付けて退勤した。
実はまだ、あれこれ直しや調整しないと提出できないんだが。まだオフィスに残ってた奴らはブーブー言ってたが、何とかしておいてくれるだろう。
俺はまっすぐあの場所へバイクを飛ばした。
任務が終了したのは明け方だった。流れていく景色を照らす日差しには、まだ朝の気配が残っている。その中を遺跡地区に向かってつき進んだ。
俺達はそうしようと思えば昼夜関係なく働ける。だが、一般的には人間と同じサイクルで生活しているのが普通だ。(もっとも就いてる仕事の内容によるが。)
いい天気だ。元建造物の残骸群とは思えないほど、あたりは輝く風景となっていた。
あっと、気づいた。
・・・そうだ、今から行くといつもより、早い時間帯に到着してしまう。そうすると、あの子が来るまでかなり待つことになる。
だが、今更引き返すには、かなりの距離を来てしまったあとだった。
まあ、いいさ。なんとかなるだろう。あの子と何を話すかも考えなきゃな。
『なんて言うても、面白い話やで!身近な事でえーんや。』
生憎、俺のまわりにゃそんな話、都合よく転がってねーんだよ。
そんな事を考えながらいつもの場所に着いた。
すると・・・
!!驚いた。あの子がいた!
いつもの場所から少し離れた、まわりより突き出た(元)柱・・・の上に、あの子はちょこんと座っていた。
?・・・何をしているのだろう。なんだか気持ち良さそうに目を閉じている。
太陽光が額のルビーグラスに反射して、キラキラ光っていた。
俺はそんな和やかな雰囲気だというのに、その顔に見とれながら不謹慎な事を考えていた。・・・あんまりにも気持ち良さそうだったから・・・つい。
・・・アノ時はこんな顔をするんだろうか。
その瞬間、あの子がこちらを向いた。


第7話

えぇッ!!
俺は飛び上がらんばかりになった。まさかそんな訳はないが、俺の心を見透かされたかの様なタイミングだった。
あの子は俺に気づき、驚いた様子だった。だがすぐに、にこりと笑った。
ほっとした。俺のスケベ心を見抜かれたんじゃなさそうだ。
「お早う。いつもの時間じゃないから会えないかと思ってたぜ。今日は時間いいのか?」
こくんと、返事が返ってきた。
「何してんだ?日なたぼっことか?」
こくん。
ええ!?俺は冗談のつもりだったが、あの子はごく普通の顔で頷いた。
・・・そうか、この子は太陽発電逐電型か。さっき気持ち良さそうだったのは、エネルギー充填してたんだ。屋外作業用にはそういう型もいるって話だ。
この前と同じく二人で腰掛けて、とりとめもない話を始めた。

「・・・でさ、そいつ大好物の饅頭をやらないぞって言ったら、途端に態度変えてさ。」
あの子はクスクス笑った。・・・いい感じになってきたかな?
「・・・あの、いいかな。」
緑の瞳が不思議そうに見つめ返した。
「お前の事・・・なんて呼んだらいいかな?名前、言いたくなかったら、ニックネームみたいなのでいいんだ。」
困ったような影がその瞳に落ちた。
しばらく何か考えていたが、あの子はやがて傍らから、小さな情報ボードを取り出した。
「?」
どうやら携帯型の画面表示端末だ。これ自体はよくあるタイプだ。報告書を作ったりするのに使う。
俺はあまり使わないが、今朝これを持っていれば、基地に戻らずにここに来られたかな?いや、俺自身のメンテナンスもあるから同じことだったか。
あの子は端末に何か書くと、俺に差し出した。
「??」
[俺、今、言葉が話せないんだ。]
「えッ!!・・・故障か?直せないのか?」
[俺にもよく解らないけど、故障じゃないんだって]
そんな事もあるのかな。
[ 『エックス』って、聞いた事ある?]
「??いや。ないよ。」
何の事だ?
あの子は少しほっとした顔をした。
[俺の名前はエックス。よろしくね、ゼロさん。]
「はははッ”さん”は要らないぜ。よろしくな、エックス!」
「俺、てっきりお前が警戒してて話してくれないのかと思ってたよ。」
[ごめんね。]
「謝る事ないぜ。」
やっと名前で呼べるんだ。端末とエックスの顔を交互に見ながら、新しい会話を待った。


続く

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