こねずみちゃんものがたり

「ロボロフスキー物語」

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番外編

彼が私の研究棟にやって来たのは突然だった。

「教授!大変です!」
「何だい?また資料をうっかり破損でもしたのかね?」
「違います!怪我人を拾ったんです!」
「何だって!?早く私のオペレーション室へ運んでくれたまえ!」

その怪我人が、彼だった。
砂と油、何かの煤などにまみれて、ひどい状態に見えた。
が、
「ん?」
「容態はどうなんですか?教授!?」
「・・・この子はエネルギー切れじゃ。」
「は?」
「装甲表面は何らかの衝撃を受けてひどい有様だが、内部まで破損しておらん。」
「なんだ良かった。」
「良くはない。誰かに攻撃されとるんだ。」
「イ、イレギュラーが出たんでしょうか?」
とにかく、エネルギーを緊急補充して、彼の意識が戻るのを待った。

やがて、寝台の上で、ぱちりと目覚めた彼だったが、私達の顔をこわごわと眺めている。
「安心したまえ。倒れている君を見つけたので、ここに運んだんだ。ここの建物内は安全だよ。」
話しかけたが返事がない。
「弱ったな。怖い目に合って怯えているのかな?」
「あれ?教授。何か探してるみたいですよ。」
彼は上半身を起こすと、きょろきょろ辺りを見回して、困った表情になった。
「あ!そうだ。君、情報ボードを握ってたね!」
「なんだ。それを探してるんだな。持って来てあげなさい。」

彼にボードを渡すと、ようやく会話が成り立ち事情が飲み込めた。
[助けてくださって、ありがとう。俺、言葉がうまくしゃべれないんです。]
「一体どうしたのかね?」
[えっと、何処から話せばいいか・・・]
「君、名前は何て言うの?」
[俺の名前はエックスです。]
この、何げない答えに私は一人、底知れない衝撃を覚えていた。

エックス・・・!?

そんなまさか!
あの『エックス』なのか?そんな事はあるまい!?

『エックス』。
それは研究者の中でも、ごく限られた者しか知らない最機密事項だ。
最高権威であるケイン博士がレプリロイド創造に参考にしたと言われる。一般には研究者ですら名前も知らされていない。
その「正体」も様々に憶測されている。ただの膨大なデータ情報体とも、一体のロボットだが不完全で動かないとも、・・・一般のレプリロイドと混じって何くわぬ顔で生活しているとも・・・。

だが、どこぞの自意識過剰な研究者が、自分の作品に勝手に名付けたのかもしれない。
呼ぶのは自由だ。
しかし正式には、ケイン博士が保有している『エックス』以外に、この名の登録は拒否される。
私が思いを馳せている間にも、そんな事とは関係無く『エックス』との、のん気な会話が続いていた。

「どこから来たの?」
[あの・・・街からです。]
「はは、ごめん。この辺、何も無いから街から来るのが当たり前だよね。誰が君をあんな目にあわせたの?」
ぷるぷる。
彼は首を横に振った。
「解らないって事ですかね。報告してパトロール要請しなくちゃ。」
「言葉がうまく話せないのは?いつからだね?」
私も口を挟んだ。
[前はこんな事なくて・・・ちゃんとお話ししてたの。このあいだからです。]
「誰かに診てもらった?」
彼はこくりと頷いた。
[でも故障じゃないって言われました。]
「故障じゃあない??もし良かったら私が診てあげようか?」
[あなたも、・・・ドクター?]
「うむ。工学博士号も持っておるから大丈夫だよ。」
「へへ。教授はこう見えて凄い人なんだよ。」
「おいおい。余計な事は言わないでいいよ。ああ、そっちに。」

彼の音声は・・・無茶苦茶な音階の羅列だった。何処かの国の言葉とも思えない。私が知らない言語だろうか?声質としては見掛けにぴったりのボーイソプラノだと思うのだが。
記録を採ったが、どうやら本当に発声装置の故障では無さそうだ。念の為、彼に合いそうな新品の別の装置と取替えてみたが、状態は変わらなかった。

さて、困った。

残るはプログラムだが、そこに手を入れるとなると一応、作成者の許可が要る。
「君のプログラマーは、何ていう人かね?」
[知りません。]
「知らない?君が診て貰ったというお人じゃあないのかな?」
[ええ。俺もその人に造られたのかと思ってたけど。別に居るみたい。]
「それじゃその人は?」
彼は俯いてしまった。
[実は、俺。その人の所、お勉強途中だったのに飛び出してきちゃったんです。]

彼の話は、わざと婉曲な表現を選んでいるのか、それとも彼自身整理できていないのか具体的ではなかった。が、研究施設らしい所から逃げ出した事だけは解った。何でも、それまで良好だった人間関係が悪くなってしまったのだそうだ。
レプリロイドとはいえ感情という物を持っている以上、そういう事もある。
「それで、行くあてがないのかい?」
こくり。
「・・・ふーむ。それじゃあ、心辺りを探してみるか。と、言っても君。何になるか決めていたのかね?」
[いいえ。勉強はまだまだ、ちょっとしか。]


行く宛を探すまでの間の保護・・・の筈が、なんとなく此処を手伝ってもらう様になり、私、いや私達も彼に此処にいて欲しいと思う様になった。彼がにこにこ笑ってくれるだけで、その場が和やかになるのだ。
とは言え、ちゃんと調整期間を終了したら、彼が別の分野に興味を覚えたとしても仕方がない。
「なあ、エックス君。私達の研究をどう思うかな?正直な感想を聞かせてくれたまえ」
[・・・何かを探すのはとっても楽しいです。でも。]
「でも?」
[教授みたいに偉くて賢い人は、昔の人の事調べなくても、新しいレプリロイドを造れるんじゃないですか?]
「はは。ありがとう。でもね、そもそも、世界中のレプリロイドの最初は、昔の研究からできたんだよ。」
エックス君があの『エックス』だとしたら、これ程妙な会話もあるまい。


そんな、ある日。
[教授。お話があります。]
「何だね、エックス君改まって?」
[俺、決心しました。お勉強の続き・・・させてもらえるか解らないけど、元居た所に帰ってみます。]
「えぇ!?大丈夫かい?仲直りできるか解らないんだろう?」
[解りません。できないかもしれません。でも、帰ってみます。]
「・・・そうか。よし、もし駄目だったら、また此処に来なさい。何時でも待ってるよ。」
彼はじわりと大きな目に涙を溜めた。
[ありがとう・・・ございます。ドップラー教授。]

彼は帰って行った。
私は寂しさを紛らわす為、ふと彼の音声記録を見返した。

・・・それは、暗号だった。

私にも全く解けない!
確信が走った。初診カルテデータを持つ手が震えた。
これを解析さえすれば・・・だが。
私は、それをそっと引き出しにしまった。
『エックス』君が帰ってくるかもしれないその日まで。


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